2019年4月 7日

名著に学ぶ『カルマ・ヨーガ 』(4)

引き続きスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)』を学んでいきましょう。


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ラダック・ザンスカール

『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)P71〜P74

三、働きの秘訣

🍀... ですから、「無執着」であれ。ものごとは働かせるがよい。脳の中枢は働かせるがよい。絶えずお働きなさい。しかし波に心を征服させてはいけません。この国のよそ人であるかのように、滞在者であるかのように、お働きなさい。絶えずお働きなさい。しかし自分を縛ってはなりません。しかし自分を縛ってはいけません。束縛は、恐るべきものです。この世は我々のすみかではありません。われわれが通りすぎつつある数多くの段階の中の、一つであるに過ぎないのです。

🍀... この教えの要点は、人は奴隷としてではなく、主人のように働け、というものです。絶えずお働きなさい。しかし奴隷の働きをしてはいけません。

🍀... 人類の99パーセントは奴隷のように働いており、その結果は不幸です。それはすべて利己的な働きです。自由を通して働け!愛を通して働け!

🍀... もしあなたが一人の奴隷を買い、彼を鎖でつないであなたのために働かせるなら、彼はあくせくと働くでしょう。でも心に愛はないでしょう。


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いつも分かち合って、人の為に働けることは幸せですね。私たちの心が自我から解き放たれたら、満たされた愛の心は無限に広がるのでしょう。


真のヒーラーへの道、解脱への道を学んでみませんか。
🍀「ラーラ・ジャパン🍀
日浦祐次師匠の公式ブログ

◎おしらせ
今月末に、中国の西寧市から青蔵鉄道にのりチベットのラサ、ネパールのカトマンズに行って参ります。
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2019年3月 3日

名著に学ぶ『カルマ・ヨーガ 』(3)

引き続きスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)』を学んでいきましょう。
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『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)』 P69

三、働きの秘訣

🍀...  解脱とは、完全な自由のこと、つまり、悪の束縛から解放されると同時に、善の束縛から解放されることなのです。黄金の鎖も鉄の鎖と同様に鎖です。

🍀...  私の手の指にとげが刺さったとします。私はもう一本のとげを持って来て、それをとります。とれたら、とげは二本とも捨てるでしょう。第二のとげをとっておく必要はありません。結局どちらもとげなのです。そのように、悪い傾向は良い傾向によって中和されるべきであり、心に刻まれた悪い印象は、ほとんど消えてしまうか、または弱められて心の片すみに小さくなるまで、良い印象の新しい波によって除かれなけれなりません。

🍀...  しかしそのあとで、善い傾向もまた、征服されなければならないのです。このようにして、「執着している人びと」が、「無執着の人びと」となるのです。


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善のとげは悪のとげを抜くことができました。
しかしながら善のとげと悪のとげ、いずれも最後は無執着によって解放されることが説かれていました。

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◎おしらせ
来月末に、中国の西寧市から青蔵鉄道にのりチベットのラサ、ネパールのカトマンズに行って参ります。
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2019年2月 3日

名著に学ぶ『カルマ・ヨーガ』(2)

引き続きスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)』を学んでいきましょう。
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『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)P24より

一、人の性格を形成するカルマ

🍀...  理想的な人は、最も深い沈黙と孤独のさなかに最も強烈な活動を見いだし、最も強烈な活動のさなかに砂漠の沈黙と孤独を見いだす人です。その人は、抑制の秘訣を学んだのです。彼は彼自身を支配したのです。

🍀...  彼は、往来頻繁な大都会の街中をら歩きながら、しかもその心はまるで、もの音ひとつとどかぬ洞穴の中にいるかのように静かです。そして彼は、常時最も活動的に働いています。それがカルマ・ヨーガの理想です。もしそれができたら、その人はほんとうに働きの秘訣を学んだのです。

🍀...  しかし根気よく続けるうちにこの利己心は少しづつ消え、ついには、本当に無私の心で働くことができるようになるでしょう。われわれはみな、人生の道を歩みつつ努力するうちにいつかは、自分が完全に非利己的な日がくる、と期待してよろしい。


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偉大なるヨガの聖者は執らわれることも、しがらみもなく、無私無欲で忙しく働いたのですね。
さて働きのヨ―ガの本当の姿はいったい何なのでしょうか??私にはまだ見えてきませんでした。

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2019年1月 2日

名著に学ぶ『カルマ・ヨーガ』(1)


謹賀新年
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
今年はスワーミー・ヴィヴェーカナンダの名著から、『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)の内容を少しご紹介します。
ヨーガの経典の中でメインの書は何と言っても、『ラージャ・ヨーガ』ですが、この本を理解するためにも是非トライしてみましょう。

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🍀『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)64頁
「この世の不幸は、物質上の助けでは癒されません。人の性質が変わるまでは、物資的は絶えず生まれて来、不幸は常に感じられるでしょう。この問題の唯一の解決は、人類を清らかにすることです。」
...
「霊的に強く、教養ある人であらしめよ。そのときに初めて、この世に不幸は無くなるでしょう。それまでは、だめです。国中の家の全てを慈善院に変えるとしましょう。国中を病院で埋めるとしましょう。それでも人の性質が変わるまでは、人類の不幸はあり続けるでしょう。


🍀『カルマ・ヨーガ』(働きのヨーガ)83頁
(インドでは客は神聖な存在だそうです。餓えた客に施しをなし、飢え死にした四人家族が、黄金色の金粉になった話があります。)

「これで皆さん、カルマ・ヨーガの意味がお分かりになったでしょう。たとえ死に瀕しても、とやかく言わず誰でも助けるのです。百万遍騙されても、決して問いただすな、また自分が何をしているか考えるな。決して貧しい人への施しを自慢したり、彼らからの感謝を期待するな。」
...
「ほんとうの働きの生活は、同じ程度にほんとうの放棄の生活に比べて、もっと難しいとは言わないまでも、同程度には難しいのです。」



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カルマの話は、どうやら人の悪業は何か、あなたの悪業を直せ、ということより、善行により自らを清める話しになるようでした。
引き続き何回かに分けてご紹介していきます。

さて国内の原発の情勢です。
昨年末国立研究開発法人・日本原子力研究開発機構は所有する89施設の9割に当たる79施設を今後70年間で廃炉・廃止するとしました。
その費用は約1兆9000億円に上るそうです。
いよいよ新しい時代にむけて日本でも原子力がエコ・エネルギーに置き換わっていく過程なのでしょう。


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2018年12月 9日

アラビア半島の砂漠地域が青い海に


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皆さまこんにちは。ローズガーデン自然生活です。早いもので12月ですね。
今年はエルニーニョ現象で暖冬だそうで、冷え性の私は少しほっとしています。
さらに今年はハワイのキラウエア火山の噴火とか、自然界でもいろいろなことが起きていますが、一番のニュースがこれでした。

今年9月、サイクロンによりアラビア半島の「水がほぼまったくない」オマーンに広がる砂漠が青い海になった記事です😳

https://earthreview.net/oman-saudi-arabia-under-water-by-cyclone/

最近は、中東からアラビア半島の砂漠での暴風雨や洪水が増えいているそうです。この海になった原因となる暴風雨は、今年 5月にアラビア半島に上陸した、過去最強の熱帯サイクロン「メクヌ」でした。

オマーンの港町サラーラでは、278ミリの雨が24時間で降り続けたそうです。この町の年間降水量は約130ミリですから、2年分の雨が一日で降ったことになります。

街に滝が出現し、砂漠地帯であったことが想像できない状態だそうですね。その後も中東では他の暴風雨も続いているようです。

うーん自然の不思議に驚かされますね。水分が不足する地域に生き物に少し満たされることが起きたのだろうか??

来年から中央アジアやオセアニア、アフリカなど、地球の大自然にももっと目を向けようと思っていますー(^^♪

2018年11月18日

チベット料理 『ツァンパ』

チベットではパン代わりにツァンパを食べます。
裸麦を原料とするツァンパは、チベット全域で主食になっています。
実際は、はったい粉を口に含んでからバター茶を飲み、味を楽しむものだそう。食べ方が異国情緒たっぷりです。
材料の分量は大体のもので、お家によって味が違うそうです。私はナッツ類やチョコレートで日本人向けレシピにしました。

≪材料≫

薄力粉:120g

はったい粉 (そば粉):90g

きび砂糖 :30g

バター(マーガリン):小さじ1

濃い目に抽出したお茶:50g

塩  :一つまみ

あれば重曹:小さじ1/2


作り方は簡単です。私はそば粉で作って主食らしくて美味しかったですよ。

1、薄力粉、そば粉、きび砂糖、バター、紅茶、塩をよくまぜてよくこねます。

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2、好みによって、ナッツ類やチョコレート、レーズンを混ぜます。

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3、そば粉をひいたプレートの上に薄く伸ばします。

包丁で形よく切り、フォークで空気穴を空けます。

フライパンやオーブンで焼いて出来上がり。

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編集後記:

チベットは歴史のなかで沢山の不幸を抱えた国でしたが、素朴な食生活や巡礼者の熱い信仰心に心が打たれました。


しかし世の中には、気持ち悪いほど血の気が多く、欲が深く、図々しい病気の男がたくさんいますね。実に迷惑です。うるさい話しは全くもって御免です。


血の気の多い議論よりも、老子の無為自然が一番ありがたいですね。

そう、行雲流水、無為自然‼️

しばらくローズガーデン自然生活も冬眠(笑)です。


もうすぐ冬が訪ずれますが今年はエルニーニョ現象で暖冬だそうです。どうか静かで穏やかな冬であって欲しいです。

2018年10月29日

チベット料理 『バター茶』

🏵オリエンタル料理を時々ご紹介します🏵

バター茶はチベットでとても有名でよく飲まれます。今回は砂糖で飲みやすいレシピですが、本当は塩とヤクの脂肪で作ります。チベットのお寺ではお坊さんがバター茶を観光客にふるまうそうです。
あちらはよくお寺では香草を焚いて僧侶が熱心に修行されています。
バター茶は信仰深い異国の香りがします。

◯材料
<1人分>
・プーアル茶
無ければ紅茶                 小さじ1
・牛乳                            50cc
・砂糖                            小さじ2
・バター
無ければマーガリン       小さじ1
・お湯                             200cc

◯濃いめの熱いお茶に、ミルクと砂糖を加え、バターをのせます。

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2018年10月15日

中国・チベットの歴史に学ぶ【4】


国家への忠誠心が飢餓を生む
著者の楊継縄氏によれば、当時の各省の飢饉の度合いは、その省の毛沢東政治に対する求心力の度合いによって異なったという。求心力の強い省ほど飢饉の打撃は強く、弱い省ほど飢饉は軽く、死亡率も低くかったのである。

例えば飢饉の度合いが低かったのは、辺境のウイグル自治区1.567%であり、内蒙古自治区は0.94%、チベット自治区も低かった。いずれも漢民族の幹部による政治的求心力が低い地域である。
(しかしながら少数民族の問題は、現在まで極めて不幸な差別や独立自治という別の問題を孕んでいる。)

大量の食糧が輸出されていた
1960年1月農民が大量に餓死していたときに、党中央は食糧の放出を考えないばかりか、国家の食糧在庫を引き続き増やそうと腐心していた。餓死者がもっとも多かったこの年に、国には数千万トンの食糧在庫があったにもかかわらず、それを放出して人々を救おうとしなかった。ちなみに公共食堂での配給は一日一人あたり100グラム程度であり人間が到底生きていける量ではなかった。もし国が食料倉庫を開放していればかなりの飢えは防ぐことができた。

そもそもこの国は中国共産党が成立する前は、食糧の自給自足ができたのである。国民の幸せをここまで破壊したことは許しがたい大罪である。

またこの飢餓が深刻な時期に、中国では大量の食糧が輸出されていたという。1957年の計算によると、500万トンの穀物があれば、2450万人が一年間食べるのに十分であった。それなのに、一番被害が深刻な1960年には、272.04万トンが輸出されていた。輸出されていたのは穀物だけではなく、油や卵、肉、果物など当時非常に貴重な食糧も大量に輸出されていたのである。

文化大革命で悪魔の復活
「大躍進」の失敗により毛沢東に対する反対勢力は拡大した。しかしながら彼に捨て身の諫言をした人間たちが一次的に巻き返したものの、文化大革命(1966年から1976年まで。1977年に終結宣言。)では大量の粛清が行われ、あっと言う前に失脚した。この文革で毛沢東のカリスマ性と悪魔性が復活し、約2000万人が犠牲になったと言われる。この中国共産党の悪いところは一重に「暴力の肯定である。

昔の中国は康熙帝のように、子供の数で払う人頭税を、家の戸数毎に支払う税制に変え、税金を安くしたような尊敬すべき皇帝もいたという。しかしながら中華人民共和国の発足により偉大なる孔孟の精神は失われたのである。


<<出典>>
『毛沢東大躍進秘録』
楊継縄著(元新華社通信高級記者)

『常識ではあり得ない中国の裏側』
陳破空(在米民主化運動リーダー)


毛沢東時代の中国史はこれで終わりとなります。
次回はチベット自治区の歴史考察ですが、
しばらくお休みいたします。




2018年9月15日

中国・チベットの歴史に学ぶ【3】

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未だに掲げられた天安門のこの画像を見る度におぞましい気持ちになります。 ↓↓↓↓
いったい中国人のモラルとはなんなのか全く理解に苦しみました。引き続き毛沢東時代の中国史になります。
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強制買付で飢える農村

中華人民共和国の発足以来、食糧の欠乏は突出した問題であった。国の行政力を用いて工業化を加速させる一方で、都市の食糧の需要は増えた。
そして毛沢東の指導のもと中央政府は計画経済のもとで全ての資源や食糧は政府の厳密な支配下に置いていた。
必要な食糧は全て国家が供給する。農民が食べる分量も国の了承がいり、一軒一軒が食糧帳簿をもち、食糧切符がなければマーケットで一口も得ることはできなかった。

国家機関によって厳格に支配された農民は弱者であり、「買い上げ任務を遂行せよ」という号令は巨大な力を発揮し政府は農民から無制限に搾取した。

農民の飢えを信じない党

「現在の食糧問題は主として心理状態であり、実際には決して食糧が足りないのではない。河南ではまだ公社の整頓が終わらず、整頓が終われば50億キロの食糧がでてくるていう。これ程豊作なのになぜ彼らは隠蔽するのか。これは心のあり方の問題だ。」

大飢饉の最中、これは当時の党中央上層部の思惑を述べた言葉である。毛沢東は食料の不足を信じていないし、農民が飢えていることも信じていない。
所有権さえ調整すれば食糧は来ると考えていた。

公共食堂が作られた所以だか、現在社会主義の労働力には大きな無駄があるとし、家事労働から解放され、働きにでる人口が三分の一増加すると考えた。
ひとたび食糧供給制がはじまり、公共食堂が中国各地に作られてから、家庭で食事を作る人口を、なるべく外で働く人口に振り分けたため、明らかに自然な状態は壊れ、家庭の温かみのある団らんの食事が消され、農村の生産量は破壊された。

党幹部は農村から食糧を買い上げる目標が達成されないと、農民が食糧を隠しているからだとして、役人を使ってあれこれ調べだした。
しかも食糧を隠しているだけで役人が暴力で殺してしまい、鍋や鎌を所有しごはんを炊くことも、盗み喰いも禁止された。

飢えた農民が夜中にこっそり野草を煮て飢えを満たすことを許さない、鍋や鎌は製鉄工場で融かされ家で煮炊きを許さない、民衆が飢えて歩けないのに杖をつくことを許さない、農民を牛馬よりひどく扱い人間性のかけらも無い時代だった。

こうして毛沢東の大躍進という大誤算は農民の災難を拡大したのだった。

<<出典>>
『毛沢東大躍進秘録』
楊継縄著(元新華社通信高級記者)

『常識ではあり得ない中国の裏側』
陳破空(在米民主化運動リーダー)

2018年8月19日

中国・チベットの歴史に学ぶ【2】

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歴史的な餓死者が出た毛沢東の「大躍進」

(こんなことはちょっと書きたくなかったのですが、いろいろ考えて伝えることにしました。。。。。何ていうか本当にひどい国ですねぇ。一言で言えば目茶目茶に食糧を吸い取ったのですね。真面目に呆れています。)

毛沢東は中国共産党をソ連に並ぶ社会主義国家にした。

その為の政策の一つが「大躍進」と言われ、

「私有財産の否定」の思想に基づき家庭での食事の代わりに、

「公共食堂」なるものに置き換え、

生産・商品に至るまで公有化を図るものだった。

しかしながらその三年間に及ぶその政策は、

4500万人(一説には8000万人)という、

中国史上最大の餓死者を生み出し大失敗に終わる。

農作物は買い上げ目標に基づき国家中枢権力に、

暴力的に吸い上げられ、その結果農民の食糧がつき、

食べ物に欠乏した人々は樹木の皮を食べ尽くし、

挙句の果ては死体を掘り起こして人肉を食べるという

惨状目を覆うものとなった。

そして穀物買い上げ目標を達成するために

役人の暴力がはびこり、

生きるために自己保身の嘘が当たり前のことになった。

毛沢東の行った狂気じみた政策は、

断じてソ連型の社会主義建設ではなく、

マルクス・レーニン主義ではなく、

弱者救済のプロレタリア革命ではなく、

明らかに暗黒の全体主義とよぶべきものだった。


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1949年 北京に全国の著名な有識者や諸党派の代表が集まり、中国人民政治協商会議が開催されました。
この会議では新国家の国号を「中華人民共和国 (People's Republic of China )」とし、毛沢東が主席に就任することが決議されました。
また、北平を北京に改称し、南京から遷都することになりました。
1949年10月1日、毛沢東は北京の天安門壇上に立ち、中華人民共和国の建国を宣言します。そして同年重慶が陥落し、蒋介石率いる国民党政府を台湾島に追いやりました。

共産党は政権を取ってから、情報と真理を独占し、中国の伝統的価値基準も前面否定しました。
それからすべての文化芸術団体は毛沢東を称え、マスコミは全力で彼や共産党が偉大で英明であるかというニュースを伝えました。

1956年 毛沢東の発動した高経済指標により、政府による穀物吸い上げ量があまりに多く、この頃より農村には大量の餓死者がでていました。
1958年 毛沢東は「イギリスを15年以内に追い越す」ことを目標として農業と工業の大躍進政策を発動します。
1959年 彼の狂気じみた考えを修正するため、「廬山会議」で大躍進批判が提出されると、毛はたちまち開き直り、修正するどころか前の誤った政策を推し進め、農民を餓死さえた政策を3年の長きに渡って推し進めたのでした。
(ちなみに毛沢東はヒトラー、スターリンに続く「世界三大大量殺戮者」の一人である。)


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1959年~1961年に毛沢東が推進した「公共食堂」 
農家ごとに食糧を分配することは私有財産を保有する隙を与えることになるとして、大規模な食堂 を建設した。

(続く)

出典:
『毛沢東大躍進秘録』
楊継縄著(元新華社通信高級記者)